西行は伊勢の社で「なにごとの おはしますかは しらねども」と詠み、涙をこぼした。私はこの涙を、信仰の証としてではなく、注意が飽和したときに身体が起こす反応として読み直す。何かは知らない、しかし身体は確かに応答した——本シリーズはその応答の現代的な再演である。神社の入域から参拝、出域までの一連の歩行とともに温度・湿度・気圧などの気象データを計測し、グラフに変換した図を、山水図を描く要領で筆によって描き起こす。データが捉える客観と、データから抜け落ちる主観の二重書き。それは、その日、その時、その天候でしか成立しない大気の痕跡を綴じ込めた図像であり、目には見えないが確かにそこにあったものの表象である。